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读物本·北越雪譜【日文带注音】学习用
作者:诗酒,问道
排行: 戏鲸榜NO.20+

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【联系作者】读物本 / 架空字数: 6474
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基本信息

创作来源二次创作
角色0男0女
作品简介

北越雪譜 初編 巻之 1.1.16.熊人を助 (くまひとをたすく) 1.1.16.熊人を助 (くまひとをたすく)

更新时间

首发时间2024-07-22 23:28:08
更新时间2024-07-23 10:27:03
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读物本北越雪譜【日文带注音】学习用

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剧本正文

2013年7月14日日曜日

北越雪譜 初編 巻之 1.1.16.熊人を助 (くまひとをたすく)

1.1.16.熊人を助 (くまひとをたすく)

人、熊の穴に墜おちいりて、熊に助けられしという話、諸書しょしょに散見さんけんすれども、其の実地じっちをふみたる人の語りしは珍しければ、ここに記しるす。

○余よ若かりし時、妻有つまありの庄しょうに [魚沼郡の内に在] 用ありて両三日逗畄とうりゅうせし事ありき。頃は夏なりしゆえ、客舎やどりしいえの庭の木こかげに、筵むしろをしきて納涼すずみ居りしに、主人あるじは酒を好む人にて、酒肴しゅこうをここに開き、余は酒をば嗜すかざるゆえ、茶を喫のみて居たりしに、一老夫いちろうふここに来り、主人を視て拱手てをさげて礼をなし、後園うらのかたへ行かんとせしを、主あるじ呼びとめ、老夫を指ゆびさしていうよう、此の叟父おやじは、壮年時わかきとき熊に助けられたる人也、危うき命をたすかり、今年八十二まで健やかに長生きするは、可賀めでたき老人也、識面ちかづきになり給えという。

 

老夫莞爾にこりとして、再び去らんとす。余、よびとどめ、熊に助られしとは珍説ちんせつ也、語りて聞せ給えといいしに、主人あるじ、余が前に在りし茶盌ちゃわんをとりて、まず一盃喫のめとて、酒を満盌なみなみとつぎければ、老夫、筵の端に坐し酒を視て笑えみをふくみ、続けて三盌ばいを喫きっし、舌鼓したうちして大に喜び、さらば話説はなし申さん。

我、廿歳はたちのとし二月のはじめ、薪たきぎをとらんとて、雪車そりを引きて山に入りしに、村にちかき所は皆伐きりつくして、たまたまあるも足場あしきゆえ、山一重踰ひとえこえて見るに、薪とすべき柴、あまたありしゆえ、自在に伐りとり、雪車哥そりうたうたいながら徐々束しずかにたばね、雪車に積みて縛りつけ、山刀やまかたなをさしいれ、低きに随って今来りたる方へ乗り下りたるに、一束いっそくの柴、雪車より転まろび落ち、谷を埋うずめたる雪の裂隙われめにはさまり [凍りし雪、陽気を得て裂ける事常也] たるゆえ、捨て皈かえらんも惜しければ、その所にいたり、柴の枝に手をかけ引き上げんとするに、すこしも動かず、落ちたる勢いに撞きいれたるならん。

 

さらば重きかたより引き上げんと、匍匐はらばいして双手もろてを延ばし、一声かけて上げんとしたる時、足に蹈む力なきゆえ、おのれがちからに己が躰を転倒ひきくらかへし、雪の裂隙われめより遥かの谷底へ墜おちいりけるが、雪の上を濘すべり落ちたるゆえ、幸いに疵きずはうけず、しばしは夢のよう也しが、ようように心付き、上を見れば雪の屏風を建てたるがごとく、今にも雪頽なだれやせんと [なだれのおそろしき事、下にしるす] 生きたる心地はなく、暗さくらし、せめては明るき方かたにいでんと、雪に埋まりたる狭谷間せまきたにあいをつたい、ようようにして空を見る所にいたりしに、谷底の雪中、寒さ烈しく手足も亀手かがまり一歩ひとあしもはこびがたく、かくては凍死こごえしぬべしと心を励まし、猶途みちもあるかと百歩はんちょうばかり行たりけん。滝ある所にいたり四方を見るに、谷間の途極ゆきとまりにて、甕かめに落ちたる鼠のごとく、いかんともせんすべなく惘然ぼうぜんとし、匃月むねせまり、いかがせんという思案さへ出ざりき。

 

さて是より熊の話也。今一盃たまわるべしとて自酌みづからつぎてしきりに喫のみ、腰より烟艸帒たばこいれをいだして烟たばこを吹のみなどするゆえ、其の次はいかにとたずねければ、老父曰く、さて傍らを見れば、潜くぐるべきほどの岩窟いはあなあり、中には雪もなきゆえ、はいりて見るにすこし温か也。此時こころづきて腰をさぐりみるに、握飯にぎりめしの弁当もいつかおとしたり。かくては飢死うえじにすべし、さりながら雪を喰らいても、五日や十日は命あるべし、その内には雪車哥そりうたの声さえ聞こゆれば、村の者也、大声あげて呼ばらば助けくれべし。それにつけても、お伊勢さまと善光寺さまをおたのみ申すよりほかなしと、しきりに念仏唱え大神宮をいのり、日もくれかかりしゆえ、ここを寝所ねどころにせばやと、闇地くらがりを探さぐり探り、這入りて見るに次第に温か也。猶も探さぐりし手先に障さわりしは、正しく熊也。

 

愕然びっくりして匃月むねも裂けるよう也しが、逃げるに道なく、とても命の期きわなり。死ぬも生きるも神仏にまかすべしと、覚悟をきはめ、いかに熊どの我わしは薪たきぎとりに来り谷へ落ちたるもの也。皈かえるには道がなく、生きて居おるには喰い物がなし、とても死ぬべき命也。擘ひきさきて殺さば、ころし給え。もし情けあらば助たまえと、怖々熊を撫でければ、熊は起きなおりたるようにてありしが、しばしありてすすみいで、我わしを尻にておしやるゆえ、熊の居たる跡へ坐りしに、そのあたたかなる事、巨燵こたつにあたるごとく、全身みうちあたたまりて寒さをわすれしゆえ、熊にさまざま礼をのべ、猶もたすけ玉えと、種々いろいろ悲しき事をいいしに、熊、手をあげて我わしが口へ柔らかにおしあてる事たび/\也しゆえ、蟻の事をおもいだし舐めてみれば、甘くてすこし苦し。しきりになめたれば、心爽やかになり咽も潤いしに、熊は鼻息を鳴らして寝ねいるよう也。さては我を助くるならんと、心大におちつきのちは、熊と脊せなかをならべて臥ししが、宿の事をのみおもいて眠気もつかず、おもいおもいてのちは、いつか寝入りたり。

 

かくて熊の身動きをしたるに目さめてみれば、穴の口見ゆるゆえ、夜の明けたるをしり穴をはいいで、もしやかへるべき道もあるか、山にのぼるべき藤ふじづるにてもあるかと、あちこち見れどもなし。熊も穴をいでて滝壷にいたり水をのみし時はじめて熊を見れば、犬を七ツもよせたるほどの大熊也、又もとの窟あなへはいりしゆえ、我わしは窟あなの口に居て、雪車哥そりうたのこえやすらんと、耳を澄まして聞き居たりしが、滝の音のみにて鳥の音ねもきかず、その日もむなしく暮れて、又穴に一夜をあかし熊の掌てに飢えをしのぎ幾日いくかたちても哥はきかず、その心細き事いわんかたなし。

 

されど熊は次第に馴れ可愛かあいくなりしと語るうち、主人は微酔ほろえいにて、老夫にむかい、其の熊は牝め熊ではなかりしかと、三人大いに笑い、又酒をのませ盃の献酬やりとりにしばらく話消えけるゆえ、強しいて下回そのつぎをたずねければ、老夫曰く、人の心は物にふれてかわるもの也。はじめ熊に逢いし時は、もはや死地ここでしす事と覚悟をばきはめ、命も惜しくなかりしが、熊に助けられてのちは、次第に命がおしくなり、助くる人はなくとも、雪さえ消えなば、木根岩角きのねいわかどに縋とりつきてなりと、宿へかえらんと、雪のきゆるをのみまちわび、幾日という日さえ忘れて、虚々うかうかくらししが、熊は飼い犬のようになりて、はじめて人間の貴とうとき事を知り、谷間たにあいゆえ、雪のきゆるも里よりは遅く、ただ日のたつをのみうれしくありしに、

 

一日あるひ窟あなの口の日のあたる所に、虱しらみを捫とりて居たりし時、熊窟あなよりいで袖を咥えて引しゆえ、いかにするかと引れゆきしに、はじめ濘落すべりおちたるほとりにいたり、熊、前さきにすすみて自在に雪を揆掘かきほり、一道ひとすぢの途みちをひらく、何方いずくまでもとしたがひゆけば、又途みちをひらきひらきて、人の足跡ある所にいたり、熊、四方を顧みて走り去りて行方しれず。

さては我を導きたる也と、熊の去りし方を、遥拝ふしおがみ、かずかず礼をのべ、これまったく神仏の御蔭ぞと、お伊勢さま善光寺ぜんこうじさまを遥拝ふしおがみ、うれしくて足の蹈所ふみどもしらず、火点頃ひとぼしころ宿へかえりしに、此の時近所の人々あつまり、念仏申していたり。

 

両親はじめ愕然びっくりせられ、幽灵ゆうれいならんとて立さわぐ、そのはず也、月代さかやきは蓑のようにのび、面つらは狐のように瘦せたり。幽灵とて立さわぎしも、のちは笑となりて両親はさら也。人々もよろこび、薪とりにいでし四十九日目の待夜たいや也とて、いとなみたる仏叓ぶつじも、俄かにめでたき酒宴さかもりとなりしと、仔細こまかに語りしは、九右エ門といいし小間居こまいの農夫ひゃくしょう也き、其の夜、燈下ともしびのもとに筆をとりて、語りしままを記しるしおきしが、今はむかしとなりけり。

 

注音版

熊人を助(たすく)

人熊の穴に墜(おちいり)て熊に助られしといふ話(はなし)諸書(しよしよ)に散見(さんけん)すれとも其実地(じつち)をふみたる人の語(かた)りしは珍(めづらし)ければこゝに記(しる)す○余(よ)若かりし時妻有(つまあり)の庄(しやう)に [魚沼郡の内に在] 用ありて両三日逗畄(とうりう)せし事ありき頃(ころ)は夏なりしゆゑ客舎(やどりしいへ)の庭(には)の木(こ)かげに筵(むしろ)をしきて納涼(すゞみ)居しに主人(あるし)は酒を好(この)む人にて酒肴(しゆかう)をこゝに開き余(よ)は酒をば嗜(すか)ざるゆゑ茶を喫(のみ)て居たりしに一老夫(いちらうふ)こゝに来り主人を視(み)て拱手(てをさげ)て礼をなし後園(うらのかた)へ行んとせしを主呼(あるじよび)とめ老(らう)夫を指(ゆびさし)ていふやう此叟父(おやぢ)は壮年時(わかきとき)熊に助られたる人也危(あやふ)き命(いのち)をたすかり今年八十二まで健(すこやか)に長生(ながいき)するは可賀(めでたき)老人也識面(ちかづき)になり給へといふ老夫莞爾(にこり)として再去(ふたゝびさら)んとす余(よ)よびとゞめ熊に助られしとは珍説(ちんせつ)也語りて聞せ給へといひしに主人(あるじ)余(よ)が前に在し茶盌(ちやわん)をとりてまづ一盃喫(のめ)とて酒を満盌(なみ/\)とつぎければ老夫(らうふ)筵(むしろ)の端(はし)に坐し酒を視(み)て笑(ゑみ)をふくみ続(つゞけ)て三盌(ばい)を喫(きつ)し舌鼓(したうち)して大に喜(よろこ)びさらば話説(はなし)申さん我廿歳(はたちのとし)二月のはじめ薪(たきゞ)をとらんとて雪車(そり)を引(ひき)て山に入りしに村にちかき所は皆伐(きり)つくしてたま/\あるも足場あしきゆゑ山一重踰(ひとへこえ)て見るに薪とすべき柴あまたありしゆゑ自在(じざい)に伐(きり)とり雪車(そり)哥うたひながら徐ゝ束(しづかにたばね)雪車に積(つみ)て縛つけ山刀(やまかたな)をさしいれ低(ひくき)に随(したがつ)て今来りたる方へ乗下(のりくだ)りたるに一束(いつそく)の柴雪車より転(まろ)び落(おち)谷を埋(うづめ)たる雪の裂隙(われめ)にはさまり [凍りし雪陽気を得て裂る事常也] たるゆゑ捨て皈(かへら)んも惜(をし)ければその所にいたり柴の枝に手をかけ引上んとするにすこしも動(うごか)ず落たる勢(いきほひ)に撞(つき)いれたるならんさらば重(おもき)かたより引上んと匍匐(はらばひ)して双手(もろて)を延(のば)し一声かけて上んとしたる時足に蹈(ふむ)力なきゆゑおのれがちからに己(おのれ)が躰(からだ)を転倒(ひきくらかへし)雪の裂隙(われめ)より遥(はるか)の谷底へ墜(おちいり)けるが雪の上を濘(すべり)落たるゆゑ幸(さひはひ)に疵(きず)はうけずしばしは夢のやう也しがやう/\に心付上を見れば雪の屏風(びやうぶ)を建(たて)たるがごとく今にも雪頽(なだれ)やせんと [なたれのおそろしき事下にしるす] 生(いき)たる心地はなく暗(くらさ)はくらしせめては明方(あかるきかた)にいでんと雪に埋(うまり)たる狭谷間(せまきたにあひ)をつたひやう/\にして空(そら)を見る所にいたりしに谷底の雪中寒烈(さむさはげ)しく手足も亀手(かゞまり)一歩(ひとあし)もはこびがたくかくては凍死(こゞえしぬ)べしと心を励(はげま)し猶途(みち)もあるかと百歩(はんちやう)ばかり行たりけん滝ある所にいたり四方を見るに谷間の途極(ゆきとまり)にて甕(かめ)に落たる鼠(ねずみ)のごとくいかんともせんすべなく惘然(ばうぜん)とし匃月(むね)せまりいかゞせんといふ思案(しあん)さへ出ざりきさて是より熊の話(はなし)也今一盃たまはるべしとて自酌(みづからつぎ)てしきりに喫(のみ)腰(こし)より烟艸帒(たばこいれ)をいだして烟(たばこ)を吹(のみ)などするゆゑ其次(つぎ)はいかにとたづねければ老父曰(らうふいはく)さて傍(かたはら)を見れば潜(くゞる)べきほどの岩窟(いはあな)あり中には雪もなきゆゑはひりて見るにすこし温(あたゝか)也此時こゝろづきて腰をさぐりみるに握飯(にぎりめし)の弁当(べんたう)もいつかおとしたりかくては飢死(うゑじに)すべしさりながら雪を喰(くらひ)ても五日や十日は命あるべしその内には雪車哥(そりうた)の声(こゑ)さへ聞(きこゆ)れば村の者也大声あげて呼(よば)らば助(たすけ)くれべしそれにつけてもお伊勢さまと善光寺さまをおたのみ申よりほかなしとしきりに念仏唱(とな)へ大神宮をいのり日もくれかゝりしゆゑこゝを寝所(ねどころ)にせばやと闇地(くらがり)を探(さぐ)り/\這(は)入りて見るに次第(しだい)に温(あたゝか)也猶(なほ)も探(さぐ)りし手先(てさき)に障(さはり)しは正(まさ)しく熊也愕然(びつくり)して匃月(むね)も裂(さけ)るやう也しが逃(にげる)に道なくとても命の期(きは)なり死(しぬ)も生(いきる)も神仏にまかすべしと覚悟(かくご)をきはめいかに熊どの我(わし)は薪(たきゞ)とりに来り谷へ落(おち)たるもの也皈(かへる)には道がなく生(いき)て居(をる)には喰(くひ)物がなしとても死(しぬ)べき命也擘(ひきさき)て殺(ころさ)ばころし給へもし情(なさけ)あらば助たまへと怖々(こは/\)熊を撫(なで)ければ熊は起(おき)なほりたるやうにてありしがしばしありてすゝみいで我(わし)を尻(しり)にておしやるゆゑ熊の居(ゐ)たる跡へ坐(すはり)しにそのあたゝかなる事巨燵(こたつ)にあたるごとく全身(みうち)あたゝまりて寒(さむさ)をわすれしゆゑ熊にさま/゛\礼をのべ猶もたすけ玉へと種々(いろ/\)悲(かな)しき事をいひしに熊手をあげて我(わし)が口へ柔(やはらか)におしあてる事たび/\也しゆゑ蟻(あり)の事をおもひだし舐(なめ)てみれば甘(あま)くてすこし苦(にが)ししきりになめたれば心爽(さはやか)になり咽(のど)も潤(うるほ)ひしに熊は鼻息(はないき)を鳴(なら)して寝(ねいる)やう也さては我を助(たすく)るならんと心大におちつきのちは熊と脊(せなか)をならべて臥(ふし)しが宿の事をのみおもひて眠気(ねむけ)もつかずおもひ/\てのちはいつか寝入(ねいり)たりかくて熊の身動(みうごき)をしたるに目さめてみれば穴の口見ゆるゆゑ夜の明(あけ)たるをしり穴をはひいでもしやかへるべき道もあるか山にのぼるべき藤(ふぢ)づるにてもあるかとあちこち見れどもなし熊も穴をいでゝ滝壷(たきつぼ)にいたり水をのみし時はじめて熊を見れば犬を七ツもよせたるほどの大熊也又もとの窟(あな)へはいりしゆゑ我(わし)は窟(あな)の口に居(ゐ)て雪車哥(そりうた)のこゑやすらんと耳(みゝ)を澄(すま)して聞居(きゝゐ)たりしが滝の音のみにて鳥の音(ね)もきかずその日もむなしく暮(くれ)て又穴に一夜をあかし熊の掌(て)に飢(うゑ)をしのぎ幾日(いくか)たちても哥はきかずその心細(ほそ)き事いはんかたなしされど熊は次第(しだい)に馴(なれ)可愛(かあいく)なりしと語るうち主人は微酔(ほろゑひ)にて老夫(らうふ)にむかひ其熊は牝(め)熊ではなかりしかと三人大ひに笑ひ又酒をのませ盃の献酬(やりとり)にしばらく話消(はなしきえ)けるゆゑ強(しひ)て下回(そのつぎ)をたづねければ老夫曰(らうふいはく)人の心は物にふれてかはるもの也はじめ熊に逢(あひ)し時はもはや死地(こゝでしす)事と覚悟(かくこ)をばきはめ命も惜(をし)くなかりしが熊に助(たすけ)られてのちは次第(しだい)に命がをしくなり助(たすく)る人はなくとも雪さへ消(きえ)なば木根岩角(きのねいはかど)に縋(とりつき)てなりと宿へかへらんと雪のきゆるをのみまちわび幾日といふ日さへ忘(わすれ)て虚々(うか/\)くらししが熊は飼犬(かひいぬ)のやうになりてはじめて人間の貴(たふとき)事を知(し)り谷間(たにあひ)ゆゑ雪のきゆるも里よりは遅(おそ)くたゞ日のたつをのみうれしくありしに一日(あるひ)窟(あな)の口の日のあたる所に虱(しらみ)を捫(とり)て居(ゐ)たりし時熊窟(あな)よりいで袖を咥(くはへ)て引しゆゑいかにするかと引れゆきしにはじめ濘落(すべりおち)たるほとりにいたり熊前(さき)にすゝみて自在(じざい)に雪を揆掘(かきほり)一道(ひとすぢ)の途(みち)をひらく何方(いづく)までもとしたがひゆけば又途(みち)をひらき/\て人の足跡(あしあと)ある所にいたり熊四方(しはう)を顧(かへりみ)て走(はし)り去(さり)て行方しれずさては我を導(みちびき)たる也と熊の去(さり)し方を遥拝(ふしをがみ)かず/\礼をのべこれまつたく神仏の御蔭(おかげ)そとお伊勢さま善光寺(せんくわうじ)さまを遥拝(ふしをがみ)うれしくて足の蹈所(ふみど)もしらず火点頃(ひとぼしころ)宿へかへりしに此時近所の人々あつまり念仏申てゐたり両親はじめ愕然(びつくり)せられ幽灵(いうれい)ならんとて立さわぐそのはづ也月代(さかやき)は蓑(みの)のやうにのび面(つら)は狐のやうに瘦(やせ)たり幽灵とて立さわぎしものちは笑となりて両親はさら也人々もよろこび薪とりにいでし四十九日目の待夜(たいや)也とていとなみたる仏叓(ぶつじ)も俄(にはか)にめでたき酒宴(さかもり)となりしと仔細(こまか)に語(かた)りしは九右エ門といひし小間居(こまゐ)の農夫(ひやくしやう)也き其夜燈下(ともしびのもと)に筆をとりて語りしまゝを記(しる)しおきしが今はむかしとなりけり